2011年5月30日月曜日

5月ボランティア派遣報告と6月13日~16日派遣予定

 5月の支援活動の報告を掲載します。5月16日~19日にイザヤ58ネットの活動に賛同してくださった、福音伝道教団の牧師、信徒、そして飛び入りの他教団の方と共に、今回は石巻に入り、震災の後片付けの支援をしてきました。
 6月は、13日~16日の予定で、更に北の南三陸町に入って活動する予定です。今回は教会関係者ではなく、地元のコミニィティーの必要に答える形で、地元の地域の区長さんとコンタクトを取り、必要な働きをします。この働きに関心を持つ方、また教会が増えて、支援活動に参加される方が徐々に増えていることを感謝します。
 5月の支援活動に参加された方の感想を掲載します。
<活動報告>
今回、私たちのチームは石巻市に派遣されました。一日目は、石巻の被災地を日和山公園から見下ろし、その被害の甚大さを確認しました。この日は、今回のボランティア活動でお世話になったA兄(家の教会を通して近隣に仕えておられる)、B宣教師(ルーテル同胞)と顔合わせをいたしました。二日目、三日目は、石巻市のIさん宅、Nさん宅、Kさん宅に分かれて、それぞれのメンバーが床下の泥かき、庭の片付け、食器や家財の洗浄、瓦礫撤去等の活動を行いました。最終日は、午前中の片付けの活動を終えた後、仙台バプテスト神学校の森谷先生ご夫妻を中心にして食事の準備がなされ、クリスチャンのボランティア団体サマリタンズパースとジーザスライフハウスのボランティアの方々、そして先の被災されたご家庭の方々、総勢40名近くで昼食を頂きました。

<参加者の声>
(S.S兄)今回の活動を通じて改めて感じさせられるのは、主の新しい働きが始まったのではないかということでした。隣人になること、宣教することのチャンスを神さまは大きく切り開いて下さいました。そのことは活動を通じて被災者の反応からしっかり読み取れました。アプローチの長さなど支援活動の制約を考えると、ひとりのボランティアがひとりの被災者の支援者になることが出来ればベストなのではないかと思います。仙台バプテスト神学校の森谷校長は「ボランティアは活動期間が過ぎれば帰ってしまうが、被災者は“その場”に居続けなければならない」と継続的な支援の大切さを言っていますが、私たちには継続的なボランティア活動はなかなか難しいことです。しかし、その場に居続ける被災者の立場で必要に応えるなら、たとい数日間の活動であっても被災者の方々は、心を開いて下さることを経験しました。それこそ、神さまの働きであると思っています。 今回の参加者が皆感じていることですが、このつながりを大切にしたいと思います。そして、今後は、手紙で「継続的」に支援していきたいと思っています。ボランティア活動は、主の与えて下さった、隣人になるための大きな機会なのかも知れません。

(K.H兄)主の御名を賛美いたします。石巻の被災地で初めてのボランティアに参加させていただきましたが、各地区の教会の交わりが一つになって、守られ、同じ境遇で働きができたことを感謝致します。被災地の方々の今後の復興が一日でも早く進められるようにお祈りしています。今後のボランティアの活動のためにも引き続きお祈りいたします。

(T.S牧師)瓦礫の山、石巻の人々の笑顔、各国のボランティアの多さに心がとまった。東北がそして日本が愛されていることをひしひしと感じました。私たちチームにとっては、初顔合わせの即席チームなのに、以前からチームを組んでいたかのように、和気あいあいと楽しく、それぞれできることを、一つ心になってボランティアができました。これもボランティアの醍醐味なのかと思いました。

(H.S兄)今回、52歳で再就職を前に、初めてのボランティアで被災地へ行き、津波の被害は地震そのものの被害以上に後々まで大変であることを実感しました。少し大変な作業もありましたが、震災から二カ月を過ぎた今でも、個々の家ではまだまだ多くの援助を必要としており、継続的な支援が必要であると思いました。

(T.S姉)今回、仙台バプテスト神学校に押しかけのように来まして、チームに飛び入りで参加させて頂きました、JECAの教会員です。男性7人のそうそうたるメンバーの中に、一人女性として加えて頂き、恐縮です。被災地に立たせていただきたいという願い、何ができるでもない自分の思いを主にかなえて頂き、ボランティアとしての働きをもさせて頂けましたこと感謝です。力仕事などはとてもできませんでしたが、被災した家には女性ならではの細々とした片付け等の仕事もありました。その家の奥様と一緒に色々とお話出来、少しだけですが、実感できました事もこれからにつながるかと思っています。どうぞ、これからの働きがよりいっそう主に用いられるものでありますよう祈っています(T.S姉はご紹介にありますように、仙台バプテスト神学校で急遽チームに加わってくださり、共に活動をいたしました)。

(Y.S牧師)私はどちらかというと人と接するのが苦手です。しかも誰が参加するのか分からないこの働きは、出発前の私の心配の種でした。しかし、出発した車内ですぐにその心配は消えました。被災者のためにという共通の目的があるメンバーですが、それぞれが初めてだらけの事に向かう不安を持ち合わせているからこそ、不思議にすぐに一つのチームになるということが自然になされるのかもしれません。被災された方々の家の片付けは、楽ではありませんでした。しかし、主が、備えてくださるチームは様々な困難に向かうに必要な心の状態に整えてくださるように思います。チームでの車での移動の時、食事の時、すべての時が、神の家族を思わされる素晴らしい時でした。また被災された方々の家が片付けられていくことによって、心配、不安、失望のような表情が自然に笑顔に変えられていくという素晴らしい恵み、喜びの体験もさせて頂きました。被災された方々の悲しみ、苦しみに幾ばくかでも寄り添う心に私がさせて頂けたのは、やはりこの被災地を自分の目で見、ともに復興へのお手伝いをさせて頂けたからなのかも知れません。この働きは、長期的なものであり、そして、人目につかないような、地道な様々な協力が、いかに必要であるのかを覚えさせられました。自分のスケジュール等を調整し、主に与えられている時間を、今目の前にいる隣人のために使えるよう、主に整えられ、そしてまた、イザヤ58ネットを通して、派遣されていかなければと自分に語っています。隣人愛に生きようと努める時に、御霊が私を満たしてくださるという約束を信じて。

(T.W兄)私自身、初めてのボランティアでしたが、できる事、できない事があった。ただ自分自身できることを精一杯やれば、それだけでいいのではないかと思った。例えば、ドライバーを率先して行い、他のメンバーの負担を減らしたり、子どもと一緒に遊んであげたりだけでもいいのではないでしょうか。

(S.N牧師)共に祈るメンバーが与えられたことは大きな恵みでした。一日目に、日和山公園から見下ろした石巻市を前に、メンバーの一人が共に祈ろうと声をあげてくださり祈りました。毎朝、御言葉が開かれ、共に祈って一日が始まりました。出発前に、合間に、色々な形で祈りがつながれていく。後方での皆様の祈りと合わせて、祈りの中で活動が進められるのは、クリスチャンボランティアの特権だと思います。

<写真は、作業に入る前に石巻を見渡せる高台でお祈りをしている様子です>

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