2012年7月14日土曜日

「6月第九次支援活動に参加して」、「次の支援活動予定」

今回、6月25日から27日にかけて、石巻、南三陸町波伝谷仮設住宅への訪問しました。今回は、石巻の大曲地区を視察することができ、復興と言われている今であっても、復旧すらなっていない場所を知ることができました。今回は女性3名の参加者からの感想を掲載させていただきます。また、8月に予定している物資支援と訪問の予定をお知らせいたします。
   

 被災地ボランティア  第九次派遣に参加して                                                  

 境キリスト教会   A.O夫人

「どうにかして被災地に入りたい」そんな思いが、イザヤ58ネットの働きで、今回実現できたことを感謝しています。

被災地の視察 
石巻で献身的に支援しておられる「祈りの家」の阿部さんの案内で、被災地を視察しました。実際に、ガレキの山・車の山・でこぼこの道・鉄骨だけが残った家・重機の音・波をかぶって変色した木々などを見て、津波の大きな破壊力を感じ取りました。土台だけを残して、すべて流されてしまった地区を見るのもつらいですが、大曲地区には、建てて間もないであろうと思われる家が点々と残っておりました。地盤沈下で、海水が溜まっているような所を避けながら歩き、玄関先に散乱した大小様々な靴・割れた窓から、ボロボロになって風に揺れているカーテン・放置された子ども自転車・家の中には傾いたピアノ・・・それらを見ると、普通の生活が、あっという間に流されてしまった現実に、心が震えました。今、なんとか命だけは助かって、仮設住宅や避難先で生活している人達は、なんと重いものを抱えてしまったのだろうと感じました。阿部さんの「寄り添っていくしかないですよ」という言葉が印象的でした。   


波伝谷地区仮設でのお茶っこの会

仮設住宅でのお茶会
南三陸町戸倉地区の被災した人たちがいる小さな仮設住宅を訪問し、集会場でお年寄り達8人と、お茶を飲んだり、話したり、一緒に童謡を歌ったり出来たことは感謝でした。「歌っこなんが、歌ったこと、ねがったなあ(無かったなあ)」という東北弁を聞き、そんな余裕など無かったんだなあと思いました。1人のお年寄りが民謡を歌い、もう1人の女性が、それに合わせて踊ってくれました。そんな中、元気に話し、踊ってくれた、その女性が、お茶を飲みながら「この間、うちのお父さんが見つかってなあ」と声を詰まらせました。そばにいた人が「○○さんは、踊りも歌もうまかったなあ」と思い出を語りました。私は「そうでしたか」と受け止めることしか出来ませんでした。お互いに、よく知り合っている漁師町の仮設住宅だからこそ、話がはずんだのでしょう。最後に、「今日は、いがったなあ(良かったなあ)」と言ってもらえたことは感謝でした。

今後の課題
集会場まで歩いて来られなかったり、閉じこもりがちな被災者に対して、どう関わりを持っていったらよいか、工夫が必要であり、また、時間をかけて顔なじみの関係を築いていくことの大切さを感じました。それは、私たちが生活している地域の中でも、どのような人間関係を結んでいくかという課題でもあり、主の導きや知恵を祈り続けたいと思います。 



被災地を訪問して

                 福音伝道教団浦和教会 M.Y夫人


「わたしはあなたがたのために立てている計画をよく知っているからだ。──【主】の御告げ──それはわざわいではなくて、平安を与える計画であり、あなたがたに将来と希望を与えるためのものだ」(エレミヤ書29章11節)

 カレンダーのその日の箇所に書かれていたこのみことばを目にした時、神さまの導きと示され、イザヤ58ネットの今回の参加を決めました。
 長年、心身の体調がすぐれなかった私でしたが、昨年癒されてやっと夢が実現しました。
 あらかじめイザヤ58ネットのボランティアを体験された方から話を伺っていましたので備えがあり、祈りの中で神さまも守ってくださり地震や津波の被害の跡を視察した時に、悲惨な状況であったことは想像し心は痛みましたが、不思議な平安が与えられ続けました。
 一番心に残ったことは波伝谷の仮設住宅方との“お茶っこの会”の集いでした。
5歳から高校時代まで東北ですごした私にとって、その方たちの話す東北弁が理解できました。向き合う一人ひとりの顔の中に親戚のおばさんや近所のおじいさんたちの面影がありなつかしく感じられました。
 全てが準備されてこの日、この場所での出会いであったと思わせられ、これからも引き続きこのつながりを大切に定期的に訪ねることで深めて関わっていきたいと願っています。
地元のお祝いや祭りで歌う民謡に手拍子に合わせて踊る




イザヤ56ネットの支援活動に参加して

                             希望の丘教会 H.S姉


 今回イザヤ58の6月支援活動に参加し、被災地を直接見させていただきました。石巻祈りの家の代表の阿部さんに石巻市内を案内していただき、積まれた瓦礫(がれき)、山積みされている破壊された車を見、また南三陸町の津波の被害にあった病院を見ると、「ここに今まで大勢の人が生活していたのに一瞬の津波によってと・・・」と言葉が出ませんでした。
 石巻の大曲地区を見た時は、とりの残されたように被災した家が残っていて、壊れた食器や献花されたものであろう枯れた花束見ると、胸のつまる思いでした。失ったものを思うと生活が戻ってきている今、被災に会われた人たちが心に負った重みや、先の見通しが見えない不安と向き合いながら生活していのだと思いました。
 現地で、ボランティアのあり方について話を聞き、自立を妨げることのないよう、公平になるように細心の注意を払って関わっていることを知りました。
 南三陸町の波伝谷地区の仮設住宅の訪問では、一緒に童謡などを合唱して歌い、また地元の民謡などを歌いました。歌いながら踊りだす方もいました。その踊っていたハキハキと話していた婦人が「この前、やっと夫の遺体が見つかった。だから地震後初めて、こうやって踊る気になった」と周りの方と一緒に踊り、また歌ってくださったことがとても心に残りました。
 宿泊場所の仙台バプテスト神学校の森谷先生が話してくださったなかで、「キリストを信じるクリスチャンの大きな支援の中に今回の関わりのような一つ一つの支援があり繋がっている」という言葉がとても印象に残っています。
 祈っていく時も、大きな繋がりを意識し、出会った方々を思いながら、祈っていきたいと思います。
 今回、このように参加させていただいたのは、阿部さんご夫妻、森谷先生をはじめ現地で支援活動をしている方、また現地の方と継続した関わりを持ち祈り働かれているイザヤ58ネットの働きによって関わらせていただきました。
 それらのことへの感謝の思いと、神さまの光が一人でも多くの人に届きますように祈っていきたいと思っております。

 

今後の支援予定


8月8日(水)~10日(金)  物資支援と訪問

 


メーカーが同じではありませんが、このようなミシンを支援します

石巻、南三陸町大森地区の被災地での、パッチワークサークルの方々への支援として、イザヤ58ネットでは、中古電動ミシン11台を業者の方のご好意で格安に購入することができました。整備されてすぐに使用できるものです。

 現地の方の希望では、新品よりも使い慣れた中古ミシンを希望されていましたが、思いもかけず、入手ルートを開拓することができました。今後も、希望する被災地でのサークル活動のために中古ミシンを支援していきたいと考えております。

 私たちの支援の方針は、被災者たちの自立を損なわず、むしろ、明日に向かって歩みだすための手助けをすることです。

 パッチワークサークルは、石巻祈りの家の支援活動の中で、被災者たちが集まり、互いに何かを作り出すことをしながら交わり、生活の張り合いを見出していただくために祈りの家が主催しています。また、南三陸町の大森地区でも、同じようなサークルがありましたが、津波でミシンなどがなく手縫いで婦人たちが集まってパッチワークなどをしているということを聞き、ご希望を聞いて支援することになりました。

 このような活動を通して、日々の生活に、互いにサークル活動をしながらコミニティーの再建のお役に立ちたいと願っております。今後、他の地区でも必要があれば、できるだけ応えていきたいと思っております。