2012年9月13日木曜日

夏も終わりですが

イザヤ58ネットの支援者の皆様お元気でしょうか?
また支援活動に関わるすべての支援組織の皆様も元気でしょうか?
 しばらくブログにブランクが空いてしまい申し訳ありませんでした。8月の支援活動の翌週に、私どもが責任を持っている教団のキャンプがあって、また諸般の事情がありましてブログの更新ができませんでした。8月の支援活動の時、中古ミシンを石巻、南三陸町の大森地区へ、また支援をしてくださっている佐野オリーブ教会の農家の教会員の方からジャガイモやタマネギなど300キロほどを南三陸町の4カ所の仮設に仙台SBS震災支援ネットと協力して届けました。

家の復旧完成式でお祝いにミシンを贈呈されて喜びの笑顔

 中古ミシンの支援は、非常に好評で、その後、石巻の支援活動をしている石巻祈りの家から、更に数台の支援希望が来ております。すぐ調達できないのが現状で申し訳なく思っておりますが、入手できしだい支援したいと思います。現地の希望を聞きますと、最新型のミシンを購入するよりも、中古が喜ばれているようです。また南三陸町の仮設でも必要があるという情報が入っております。
 イザヤ58ネットも秋を迎え、今年半年の働きの評価をする時期となっております。しかし、依然として支援サポートの流れは止まっておりません。本当に感謝です。
 先日、ミシンを支援した「石巻祈りの家」から、津波で破壊された家屋の復旧工事が終わり、復旧完成式の時に、その家の奥様でミシンが流されて求めていた中で、完成のお祝いと、すこしでも日常の生活の励みにと言うことで、私たちも以前、家屋の復旧活動で一緒に働いたベンソン宣教師を通して、ミシンを贈呈してくださいました。大変喜んでくださり祈りの家の阿部さんから写真を送ってくださいました。阿部さんの了解で、その写真を掲載します。

 南三陸町の水戸辺という小さな仮設を訪問した時、仮設の集会所で奥さんたちがミシンで着物の端切れなどを縫い合わせて、手提げバッグや帽子を作って、それをあるルートを通して販売しているようです。そのようなミシンの使い方があることを8月の支援活動の時に見ることができました。
 もし教会のバザーや個人的に購入できる方に紹介できればいいなと思いました。


 

水戸辺の仮設住宅でのミシンを使った内職の作業場

着物の端切れで作った鍋つかみ

2012年8月10日金曜日

2012年8月8日~10日支援活動報告

8月8日(水)~10日(金)に、イザヤ58ネットでは、昨年は活動スケジュールになかった、8月の被災地訪問を実施しました。
今回の目的は、前々から約束していた、石巻祈りの家での仮設の方々を中心にして行われているパッチワークサークルで使用するミシンを提供することでした。当初、ミシンの支援は石巻だけでの予定でしたが、その後、南三陸町の前々から関わりのある大森地区でのSさん宅でのパッチワークサークルでも、ミシンが必要であることがわかり、感謝なことに、電動ミシン、ロックミシン(業務用)、ミシン11台、それに、要望で足踏みミシンを探し出し、それらを提供することが中心でした。
 その準備の中で佐野オリーブ教会の会員の農業を営んでいるW兄からジャガイモ300キロ、タマネギ100キロを提供して下さるとのことで、それらを、私たちが重点支援地区としている、戸倉地区の小規模仮設住宅にそれらを運ぶことが今回の活動の目的となりました。
 物資の規模から、トラックでの運搬が必要と考えていたところ、毎回物資の支援で活躍している館林教会のK兄が今回も参加してくれることになりました。 
 当初、暑い8月で、教会も夏季キャンプなどで忙しい中で、支援チームが集まるのかと思われましたが、なんだかんだと総勢12名の規模となりました。
 単なる物資を運ぶだけなら、そんな人数は必要ありませんが、継続的な支援活動を考える時、何ができるかという以上に、支援して下さる関係者が、この目で被災地を見、被災者の方々の声や、現場で支援活動をしている関係支援グループの活動の様子を知っていただくことは、今後の祈りの支援を考える上で大切であると考えております。
第一日目
8日は、午後三時ごろに、いつもベース基地として滞在させていただいている、仙台バプテスト神学校に到着しましたが、すぐにジャガイモやたまねぎなどを配りやすいように、痛んでいるものがないかを確認しながら袋詰め作業をして初日は終わりました。
 今回、始めて参加してくださった方の中には、自分が関わっている地域のボランティア活動である「読み聞かせ」の活動がお役にたてないかとの申し出を前々から受けていた館林教会のS姉、また同教会で祈りの支援と提供して下さる物資の選別などをしてくださっていた婦人会のM姉が参加して下さり、大きな励みとなりました。それは、実際に、自分たちが祈っている被災地をこの目でみていただき、仮設の方々とお話しして聞いたことなどを、帰ってから教会でお話してくださることは、支援活動を支えて下さるとても重要なポイントとなるからです。
 また、先に佐野オリーブ教会から支援活動に行った方が帰ってからの報告を聞いて、自分もいつか参加したいと考えて下さり参加してくださったW兄なども心強い限りでした。
 今回、二回目という伊勢崎教会のI兄もメンバーとして参加してくださり、前回復旧活動をした被災者の方々が、家が住めるようになったというお話を聞いて、とても喜んでいるのを見て、本当に関心を持ち続けていて下さることに感謝しました。
二日目

波伝谷仮設住宅の自治会長さん(センター)とM姉(左)、S姉(右)
  9日は、朝、朝食もそこそこに、石巻に向かい「石巻祈りの家」へのミシンの運び、代表の阿部兄から現在の石巻での活動を聞き、南三陸町へと向かいました。今回は、私たちが重点的に支援活動をすることを考えている、戸倉地区の仮設三カ所に、じゃがいもやタマネギなど、また大森地区のSさんたちへのミシンを運びました。また自治会長さんからの、仮設住宅の現状のお話をチームのメンバーが聞くことができました。
 波伝谷、神割り崎、水戸辺の仮設は、25戸から20戸くらいの小規模の仮設住宅で、海岸沿いの漁師の家庭の被災者たちの仮設です。
 この地区の方々を訪問して、いつも思うことは、あのような大変な経験をして、家を失っていながらも、明るい、前向きな姿勢を持つ90代のお年寄りや、婦人たちの親しみやすい笑顔にこちらが励まされます。
 私たちのチームの方がかえって元気づけられることが少なくありません。もっと話しをしたかったという感想を参加者からも聞きました。


水戸辺仮設住宅でのジャガイモ、たまねぎの提供
  




元気な水戸辺のお年寄りたちとの歓談


2012年7月14日土曜日

「6月第九次支援活動に参加して」、「次の支援活動予定」

今回、6月25日から27日にかけて、石巻、南三陸町波伝谷仮設住宅への訪問しました。今回は、石巻の大曲地区を視察することができ、復興と言われている今であっても、復旧すらなっていない場所を知ることができました。今回は女性3名の参加者からの感想を掲載させていただきます。また、8月に予定している物資支援と訪問の予定をお知らせいたします。
   

 被災地ボランティア  第九次派遣に参加して                                                  

 境キリスト教会   A.O夫人

「どうにかして被災地に入りたい」そんな思いが、イザヤ58ネットの働きで、今回実現できたことを感謝しています。

被災地の視察 
石巻で献身的に支援しておられる「祈りの家」の阿部さんの案内で、被災地を視察しました。実際に、ガレキの山・車の山・でこぼこの道・鉄骨だけが残った家・重機の音・波をかぶって変色した木々などを見て、津波の大きな破壊力を感じ取りました。土台だけを残して、すべて流されてしまった地区を見るのもつらいですが、大曲地区には、建てて間もないであろうと思われる家が点々と残っておりました。地盤沈下で、海水が溜まっているような所を避けながら歩き、玄関先に散乱した大小様々な靴・割れた窓から、ボロボロになって風に揺れているカーテン・放置された子ども自転車・家の中には傾いたピアノ・・・それらを見ると、普通の生活が、あっという間に流されてしまった現実に、心が震えました。今、なんとか命だけは助かって、仮設住宅や避難先で生活している人達は、なんと重いものを抱えてしまったのだろうと感じました。阿部さんの「寄り添っていくしかないですよ」という言葉が印象的でした。   


波伝谷地区仮設でのお茶っこの会

仮設住宅でのお茶会
南三陸町戸倉地区の被災した人たちがいる小さな仮設住宅を訪問し、集会場でお年寄り達8人と、お茶を飲んだり、話したり、一緒に童謡を歌ったり出来たことは感謝でした。「歌っこなんが、歌ったこと、ねがったなあ(無かったなあ)」という東北弁を聞き、そんな余裕など無かったんだなあと思いました。1人のお年寄りが民謡を歌い、もう1人の女性が、それに合わせて踊ってくれました。そんな中、元気に話し、踊ってくれた、その女性が、お茶を飲みながら「この間、うちのお父さんが見つかってなあ」と声を詰まらせました。そばにいた人が「○○さんは、踊りも歌もうまかったなあ」と思い出を語りました。私は「そうでしたか」と受け止めることしか出来ませんでした。お互いに、よく知り合っている漁師町の仮設住宅だからこそ、話がはずんだのでしょう。最後に、「今日は、いがったなあ(良かったなあ)」と言ってもらえたことは感謝でした。

今後の課題
集会場まで歩いて来られなかったり、閉じこもりがちな被災者に対して、どう関わりを持っていったらよいか、工夫が必要であり、また、時間をかけて顔なじみの関係を築いていくことの大切さを感じました。それは、私たちが生活している地域の中でも、どのような人間関係を結んでいくかという課題でもあり、主の導きや知恵を祈り続けたいと思います。 



被災地を訪問して

                 福音伝道教団浦和教会 M.Y夫人


「わたしはあなたがたのために立てている計画をよく知っているからだ。──【主】の御告げ──それはわざわいではなくて、平安を与える計画であり、あなたがたに将来と希望を与えるためのものだ」(エレミヤ書29章11節)

 カレンダーのその日の箇所に書かれていたこのみことばを目にした時、神さまの導きと示され、イザヤ58ネットの今回の参加を決めました。
 長年、心身の体調がすぐれなかった私でしたが、昨年癒されてやっと夢が実現しました。
 あらかじめイザヤ58ネットのボランティアを体験された方から話を伺っていましたので備えがあり、祈りの中で神さまも守ってくださり地震や津波の被害の跡を視察した時に、悲惨な状況であったことは想像し心は痛みましたが、不思議な平安が与えられ続けました。
 一番心に残ったことは波伝谷の仮設住宅方との“お茶っこの会”の集いでした。
5歳から高校時代まで東北ですごした私にとって、その方たちの話す東北弁が理解できました。向き合う一人ひとりの顔の中に親戚のおばさんや近所のおじいさんたちの面影がありなつかしく感じられました。
 全てが準備されてこの日、この場所での出会いであったと思わせられ、これからも引き続きこのつながりを大切に定期的に訪ねることで深めて関わっていきたいと願っています。
地元のお祝いや祭りで歌う民謡に手拍子に合わせて踊る




イザヤ56ネットの支援活動に参加して

                             希望の丘教会 H.S姉


 今回イザヤ58の6月支援活動に参加し、被災地を直接見させていただきました。石巻祈りの家の代表の阿部さんに石巻市内を案内していただき、積まれた瓦礫(がれき)、山積みされている破壊された車を見、また南三陸町の津波の被害にあった病院を見ると、「ここに今まで大勢の人が生活していたのに一瞬の津波によってと・・・」と言葉が出ませんでした。
 石巻の大曲地区を見た時は、とりの残されたように被災した家が残っていて、壊れた食器や献花されたものであろう枯れた花束見ると、胸のつまる思いでした。失ったものを思うと生活が戻ってきている今、被災に会われた人たちが心に負った重みや、先の見通しが見えない不安と向き合いながら生活していのだと思いました。
 現地で、ボランティアのあり方について話を聞き、自立を妨げることのないよう、公平になるように細心の注意を払って関わっていることを知りました。
 南三陸町の波伝谷地区の仮設住宅の訪問では、一緒に童謡などを合唱して歌い、また地元の民謡などを歌いました。歌いながら踊りだす方もいました。その踊っていたハキハキと話していた婦人が「この前、やっと夫の遺体が見つかった。だから地震後初めて、こうやって踊る気になった」と周りの方と一緒に踊り、また歌ってくださったことがとても心に残りました。
 宿泊場所の仙台バプテスト神学校の森谷先生が話してくださったなかで、「キリストを信じるクリスチャンの大きな支援の中に今回の関わりのような一つ一つの支援があり繋がっている」という言葉がとても印象に残っています。
 祈っていく時も、大きな繋がりを意識し、出会った方々を思いながら、祈っていきたいと思います。
 今回、このように参加させていただいたのは、阿部さんご夫妻、森谷先生をはじめ現地で支援活動をしている方、また現地の方と継続した関わりを持ち祈り働かれているイザヤ58ネットの働きによって関わらせていただきました。
 それらのことへの感謝の思いと、神さまの光が一人でも多くの人に届きますように祈っていきたいと思っております。

 

今後の支援予定


8月8日(水)~10日(金)  物資支援と訪問

 


メーカーが同じではありませんが、このようなミシンを支援します

石巻、南三陸町大森地区の被災地での、パッチワークサークルの方々への支援として、イザヤ58ネットでは、中古電動ミシン11台を業者の方のご好意で格安に購入することができました。整備されてすぐに使用できるものです。

 現地の方の希望では、新品よりも使い慣れた中古ミシンを希望されていましたが、思いもかけず、入手ルートを開拓することができました。今後も、希望する被災地でのサークル活動のために中古ミシンを支援していきたいと考えております。

 私たちの支援の方針は、被災者たちの自立を損なわず、むしろ、明日に向かって歩みだすための手助けをすることです。

 パッチワークサークルは、石巻祈りの家の支援活動の中で、被災者たちが集まり、互いに何かを作り出すことをしながら交わり、生活の張り合いを見出していただくために祈りの家が主催しています。また、南三陸町の大森地区でも、同じようなサークルがありましたが、津波でミシンなどがなく手縫いで婦人たちが集まってパッチワークなどをしているということを聞き、ご希望を聞いて支援することになりました。

 このような活動を通して、日々の生活に、互いにサークル活動をしながらコミニティーの再建のお役に立ちたいと願っております。今後、他の地区でも必要があれば、できるだけ応えていきたいと思っております。

 

2012年6月26日火曜日

奇妙な静寂の中を・・・石巻大曲地区


石巻祈りの家訪問

6月25日
 私たちイザヤ58のチームは25日(月)から6名のメンバーで、石巻祈りの家の阿部さんのお宅を訪問しました。今回は3名の女性、男性3名という編成です。今回の目的は、いままで関わった石巻の復興の様子や今後の支援活動のための現地を見ることと、仮設の訪問が目的です。
 いつも、忙しい中で、私たちを歓迎し、また支援活動についての現況を丁寧な説明を阿部さんがしてくださりとても感謝です。また、阿部さんからいろいろな支援活動の情報を聴くことができ、今後のイザヤ58の支援の参考となる情報を得ることができました。
 今回、衝撃的なことは、石巻の被災地が、ほとんどきれいに整地され、ガレキが撤去されている地区がほとんどであることは、前回の訪問でも見ることができました。石巻の一望できる山の頂上にある後援から港や町を見ても、きれいに整地されています。
 しかし、今回、阿部さんに、大曲地区という東松島に隣接する地区案内されたに行った時、そこは、震災直後から二三ヶ月経過した時のままの光景がありました。そこは、かつては瀟洒(しょうしゃ)な住宅が建っていたと思われる住宅街であったようですが、津波の直撃を受けて、危険なガレキなどは撤去されてはいても、建てて間もないと一目でわかる家々が廃屋になっている光景です。見渡すかぎり見える家は、ゴーストタウンのような光景で、地面は、うっすらねずみ色になっています。海水による塩が地面に浮き出ているからです。
 聞こえるのは、私たちの話し声と、風の音、廃屋の垂れ下がった雨樋(あまい)が風に揺れてカタカタと音を立てている音しか聞こえません。鳥の鳴き声も聞こえません。音が吸い込まれていくようです。
 おそらく、その地区は、再び人が住めるような地区になれないのではと思われます。行政も廃屋を撤去したいようですが、持ち主の行方がわからず、手つかずのようです。
 石巻祈りの家の支援は、現在、パッチワークサークル、歌を歌う会などを教会関係者、被災者たちと持ち、被災者たちが話しをする場、また支援グループと協力して学習支援などをしております。
 今後の支援の大切なポイントとしては、定期的に確実に訪れて、地域や被災者たちと関わりを持つことであることを痛感しました。 
築まもない廃屋がつづく大曲地区


  

奇妙な静寂が支配する大曲地区

犠牲者のために献花されたであろう枯れた花束


2012年6月22日金曜日

南三陸町に「クリスチャンセンター」オープン!!

  宮城県南三陸町は、宮城県の北端、岩手県境に位置する漁業の町です。今回の震災で、町の約80%が消失してしまいました。現在町内の仮設住宅は58カ所、約5800人の方が住まい、さらに約2000人の方が、町の外での生活を余儀なくされています。町では、住宅のあった地域の高台移転を計画していることもあり、1年以上たった今でも、津波をかぶってしまった地域の復旧は全く進んでいませんでした。職場を失った方々も多く、町を離れる方も多く、人口は被災後1万7千人から1万1千人に激減しています。狭い仮設住宅には、年配の方や、震災の傷を抱える子どもも多く、将来に対する希望や先行きの見通しが立たず、年齢を問わず命を絶ってしまう方も少なくないようです。
そのような中で、イザヤ58ネットが支援協力している「南三陸キリスト者ネットワーク」では、
支援と宣教の拠点としてクリスチャンセンターを南三陸町志津川地区に開設し、その開所式が6月8日に開催されました。
センターは、高台の志津川高校のすぐ下にあり、志津川湾に向かって町が見下ろせる位置にあります。しかし、津波はそこをのみ込み、津波の引いた後、その周囲にも亡くなられた方が多数発見されたとのことでした。
「南三陸キリスト者ネットワーク」では、世話人の中澤竜生基督聖協団西仙台教会牧師、森谷正志 仙台バプテスト神学校長などが中心となって、震災直後の物資提供中心の「命をつなぐ」支援、さらに、心のケアや人間関係構築の「命を育む」支援、寄り添う支援を継続かつ誠実に果たしてきました。イザヤ58ネットもその働きに協力し、多くのボランティアが活動してきました。被災された方のニーズに応答するきめ細かな働きは、地元の方々との絆を深め、キリスト教会に対する信頼を深めてくれました。

クリスチャンセンター開設式
そのような中で、センター構想を聞いた地元のノンクリスチャンの方が、土地を無償で提供してくださるなど、多くの協力の中でクリスチャンセンターは実現したのです。
開所式では、森谷師は、これはゴールでなくスタートだ。クリスチャンはこの地になくてはならない存在。重要なのは愛する心であると説き、中澤氏は、これは被災者の方々の「力」の結果。私たちは、被災者の方々と共に心を合わせてこの町を盛り上げていこうと挨拶をしました。当日は地元の若者も多数出席し、近くの共同食堂「さんさカフェ」のスタッフの方々も全面的にサポートしてくれました。出席者は100名を超え、建物に入りきらず、センター前のデッキに、そして、外にまではみ出す実に賑やかな、楽しい開所式でした。
クリスチャンセンターは、この地域の被災者に寄り添い続ける支援活動の拠点です。また、誰もがいつでも来られる場所であり、聖書の話が聞けて、神様を礼拝し、子どもたちにも様々なプログラムを提供し、救いの喜びがわき上がる場所となることを目指している。中澤牧師は、「町には何にも負けることのない光が必要です。人々には永遠に輝き続ける光が必要です。町には教会が必要です。人々には教会が必要です」と説き、2年後には、この地域の国の緑地化計画に伴い、高台に新しい教会を建て移転するという。
クリスチャンセンターは、その名称を「愛・信望館」と名付けられました。この名称は、地元の人からの要望と期待を背負って名付けられたとのことです。
神様の恵みが確かにこの地にあることを覚えさせられました。神様のさらなる祝福とあわれみを願わずにはいられない。
                                                    (イザヤ58ネットワーク スタッフ 鈴木 真輔)

2012年6月15日金曜日

5月支援活動報告Ⅱ「お茶っこさぁ・・・来い」

仮設を訪問して  
今回、私たちは多くの仮設住宅を訪問することができました。山間の車が一台やっと通れるかという坂道を通り、山林を抜けたところに10戸から30戸くらいの仮設が少なくありません。
そのような中で、住民の方とお話を聞きます。そのようなお話の中には、今後の支援のあり方に対する方針について考えさせられる話しを聞くことがあります。
まず、仮設住宅の心ある住民の方が異口同音にいうことは「もう物資はいい。気をつけないと自立を妨げることになる」という声を聞きました。南三陸町に、救世軍などの援助で仮設の商店街ができました。地元の人たちが商業活動をすすめていくなかで、物資支援は、逆に地元の商業活動の妨げともなる部分も起きるわけです。
女川の福祉協議会の方との懇談でも、また南三陸町でも、聞かれることは、被災者たちの自立ということです。ある初めて訪問した仮設で私たちのチームの一員が聞いたことですが「支援物資を持ってきてくれるのはありがたいが、物資を置いていくだけで、自分たちの話を聞いてくれない」という声を聴きました。今後、大々的なイベントはどうしても大きな仮設住宅に集中してしまい、小さな仮設で、被災者たちとコンタクトをとることが少ないようです。イザヤ58としては、前からの方針で支援の届きにくい場所に必要なものを届けるということがありましたが、今後は、小さな仮設をこまめに定期的に訪問するようにしたいと考えております。大森地区には継続的に関わりを持ちながら、南三陸町の戸倉地区のいくつかの仮設に訪問を重ねたいと考えております。
お茶っこさぁ来いや
波伝谷仮設住宅を訪問しました。ここには自治会長さんの持っている土地(津波で波をかぶったところですが)を仮設の人たちの畑仕事を通して生活の張り合いをもってもらいたいという会長さんの願いで仙台SBSがアメリカからの支援チームによって、畑の開墾をしました。本当は、今回の支援では、そのチームの後を引き継ぎ、イザヤ58がする予定でしたが、アメリカのチームががんばって、開墾を終わらせていました。しかし、少しの作業があるということで波伝谷を訪問したところ、自治会長さんが不在でしたが、仮設で一人の男性の老人の方と話すことができました。最初、立ち話をしていたのですが、「オラの家さ来い、お茶っこさ来いや」と誘われました。初めて、仮設住宅の中にお邪魔することができました。そのお年寄りの方が、お茶を飲みながら、昔からある地域のコミニティーの集まりである”講”について話をしてくれました。
とても興味深い話だったのですが、東北弁の会話で、私には80%ぐらい、また会話に出てくる”講”のしくみについてわからず帰ってきました。
お年寄りから聞いた”講”について
支援から帰ってきて仙台SBSの森谷先生から、東北の地域で根付いている”講”について詳しく聞くことができました。
三陸地方には江戸時代から脈々と息づいている”講”という地域の相互扶助の集団のしくみ、また時代によっては行政組織の末端の役割を担っていたそうです。それは、子供から年寄りまで、この地域に住む人たちがかかわる、地域共同体で、それは地域の祭りや祖先供養など宗教的活動も含む集まりです。
まず、子供たちは、子供行事を通して子供の様々な活動を通して地域の子供の集団を形成します。青年は青年団に属し、地域の祭りなどの手伝いや、青年団活動など通して地域とのかかわりを強めます。結婚している男性は’契約講”に属します。地域の共同財産の管理(山林や漁業組合ができるまでは、漁業権の管理、船の共同使用)、祭りの実行などにかかわります。
女性は結婚すると、観音講に入ります。男性は、自分の子供が結婚すると契約講を出て、今度は”六親講”という講に入ります。六親講は、冠婚葬祭の差配や、村全体の秩序を守る長老として存在します。
女性は、自分の子供が結婚すると今度は”念仏講”に入ります。年代と家督によって属する集団が違います。男女ともに孫が結婚してはじめて、これらの集団から離れます。
わかりやすく年代の集団の流れを示すと以下のようになります。
男性:子供行事→青年団<結婚>→契約講→(子供の結婚)→六親講→(孫の結婚)
→講から離れる
女性:子供行事→青年団<結婚>→観音講→(子供の結婚)→念仏講→(孫の結婚)
→講から離れる

これらの集団構成は、ある意味、個人が常に地域の共同体に組み込まれ、それは宗教行事ともかかわっている面があり、昔はこの秩序を乱す者を、この”講”が制裁を加える制度が存在していて、戦前に禁止を通達されたという”村八分”などもそれにあったようです。
これらは必ずしも、否定的な側面ばかりではありません。東北という地域での相互扶助作用がこれらの集団活動を通してあったわけです。しかし、今回の震災は、それらの伝統的コミニティーが壊れ始めている面があります。弱者(年寄り、子供)の相互扶助作用が働かなくなっている部分が大きな問題になると思われます。
キリスト教の伝道を考えるとき、これらの昔からある地域のコミニティー文化を無視していくと、かえって地域の摩擦をおこし、キリスト教に対しての反発も考えられます。欧米の宣教師たちからもたらされた、従来の宣教神学をとらえなおし、文化の理解と、地域宣教をどう取り組むか、あるいは聖書的コミニティーをどう伝えるかが、支援と宣教を考えるうえで大切だと思われます。
そしてそのような宣教のとらえなおしは、東北の被災地域だけでなく、私たちの足元の宣教にも深くかかわる福音の文化脈化の大切なテーマとなるのではないでしょうか。

いまだにこのような景色が続く南三陸町の中心









2012年5月29日火曜日

5月28日~31日支援活動報告1

このブログは仙台の私たちの支援拠点で、宿泊場所である仙台バプテスト神学校で、ブログを書いております。
 今回のチームは、夫婦1組、他男性4名計6名のメンバーです。
5月28日(火)
初日は、まず石巻祈りの家の阿部さんのお宅を訪問し、仙台SBS森谷先生ご夫妻と合流して阿部さんの案内で、石巻と南三陸町の間にある女川町の被災状況のリサーチをしました。
集合地点の館林を出発した時は、半袖で十分でしたが、途中福島から雨で、気温が下がり、5月下旬とは思えない寒さでした。

復興支援センターコーディネーターの方との懇談
  雨模様の中、女川町の社会福祉協議会の復興支援センターを訪問し、女川のボランティア支援の様子を復興支援コーディネーターの方としばらく情報交換と懇談の時を持ちました。
 私たちイザヤ58ネットとして、被災地の行政の側の復興関係の方との懇談は初めてでしたが、いろいろ支援も役所の窓口が支援の性質によって違い、南三陸町のようにキリスト教系の団体が存在感を示している場所でないところの難しさを感じました。
 同時に、南三陸町キリスト者ネットワークの働きの大きさを痛感しました。
5月29日(水)

仮設の住民への声かけは大事な活動です
 二日目、南三陸町クリスチャンセンターを訪問しました。6月8日の開所式に向けて、センターの建物の建設の突貫工事をしている中、6月8日の開所式の案内チラシを配る活動をしました。単に、配るのではなく一戸一戸声かけをして、お話をしながら案内をします。南三陸町ではキリスト教の支援グループですというと、すぐ応じる家庭が少なくありません。広間は男性が働きにでかけているので、高齢者は小さな子どもがいる主婦の方がほとんどですが、声かけをして、人によっては話し相手が欲しい方もいますので、チラシを渡して10分、30分近くお話をしながら一戸一戸の訪問です。本日は4カ所の仮設を訪問し、不在の家庭もありますが、丁寧にお話を聞きながらの開所式の案内を配りました。
南三陸町クリスチャンセンター